この項では実際にインド音楽を演奏する時の形態を説明していきます。旋律とリズムに関しては別の項で説明していますが、当然見て頂けましたよね?
インド音楽は雰囲気でも聴けますが、やはり仕組みを知っていれば非常に面白いという事がお分かり頂けると思います。
インド音楽においては、ハーモニーという概念がありません。通常音楽というのは旋律・リズム・ハーモニーから構成されますが、インド音楽は旋律とリズムのみで構成されています。本文中にわからない単語が出てきたら、インド音楽理論 旋律編/リズム編を参照して下さい。
Act 1 : Alap
原則として北インド古典音楽を演奏する時には、大きく分けて2つに分かれます。
旋律だけを演奏する部分「Alap」とリズム(Tabla等)が入る部分「Gat」から構成されます。タンピューラー等の伴奏楽器はどちらも演奏します。
アラープは旋律楽器(声含む)の演奏です。旋律楽器は1人の時もあれば複数人の場合もありますが、多くても2~3人でしょう。
アラープは更に細かく3つの部分に分かれます。面倒なので箇条書きね。
Alap | アラープです。あれっと思われるかもしれませんか、狭い意味でアラープと言います。リズムが全く無い状態で |
Jod |
ジョドです。Jorと表記される時もあります。一定のリズムがある状態で即興にて旋律を奏でます。リズムはだんだん加速していきます。 |
Jhala |
ジャラと言います。ジャラはガットにもあり、区別する意味でアラープジャラと呼ばれます。ジョドが加速していって |
原則としてなので、自分のアイデアを取り入れたりもしますし、アラープだけで終わったりジャラは省いたりと色々ですが、アラープを演奏せずにジョドから始める、という事は無いです。
広い意味でのアラープは、特に演奏者の世界が顕著に表れます。自己の世界を音に表して表現していくのですから。ガマクなども多用し、Saを表現するだけでもいろいろなバリエーションが生まれます。旋律に物語性を持たせ、展開させていきます。
アラープ・ジョド・ジャラはそれぞれ低い音域から始まり、段々と高い音階を紹介していく、という意味で共通しております。
理論的に書くとこんな感じですが、私は実際はもっと抽象的に捉えています。
簡単に表現すると、ラーガによって定義されたノートにアラープで命を吹き込んで、生きたノート達がジョドでリズムに乗って踊りだし、やがてアラープジャラにて渦巻き大きく流れていく。如何ですか?
どんな感じか触りだけですが聴いてみて下さい。
Raga Rageshree(夕方) シタールで演奏
Alap
Jod
Jhala
Act 2 : Gat
旋律だけを独奏するアラープが終わると、タブラも参加するガットへと移行します。アラープの演奏時間を「1」とすれば、ガットの演奏時間は「2~3」ぐらいでしょうか。
簡単に言ってしまえば、旋律楽器と打楽器のソロのやり合いです。もう本当にそれがメインです。自己主張の激しい方に向いている音楽ではないでしょうか。
旋律楽器がソロを奏いている間は打楽器は伴奏に徹します。逆に打楽器がソロを演奏している間は旋律楽器が伴奏に徹します。ターラは延々とループするのでソロを奏でている楽器は伴奏を聞いて、今何処のマトラか把握する訳です。慣れれば自分の中でタールが鳴っています。あーややこし・・・。
演奏するタールは自由です。一般には2種類程やります。テンポについては、ヴィランビット(slow)又はマドゥヤラヤ(middle)を演奏して、次にドゥルット(fast)を演奏します。必ず遅いほうから演奏します。
あ~堅い話ばかりで脱線する隙間が無いですね。
リズムに関してはテカがあるので、どのタールを演奏しているのか、というのは分かりやすいのですが、ガットはまず旋律楽器が伴奏を始めて打楽器のソロから入ります(もちろん例外あり)。これがまたかっこいいのですが、困るのは旋律の伴奏パターンは演奏者が作成するので、テカを聞いて判断する様な訳にはいかないんですね。更に困るのは旋律パターンの始まりがターラの先頭、言い換えればマトラの1番目から始まる訳では無いんです。途中から始まり、強調されるべき所で1、つまりサムを迎える訳です。よくラーガのバディやサムバディの音階を使いますが、そうでない事もまた多いです。感覚的に何処がサムかはやはり慣れれば掴めます。私もこれはすぐに把握できる様になったので決して難しくは無いと思います。
ターラで決まっているマトラ数を旋律も延々とループします。特に何処のマトラから始めるか、という定義は無いのですが、ヴィランビットのティーンタールに関しては必ず12マトラから旋律はスタートします。これだけは決まっています。何故かはもちろん知りません。
という訳で文章表記が下手な私ですから、実際にサンプルを用意しました。
1.Villambit Gat-Teentaal(遅い16Beat) Raga Malkauns(深夜) 12matraから始まります。
2.Madhyalaya Gat-Jhaptaal(普通の10Beat) Raga Madhuvanti(午後) 8matraから始まります。
3.Drut Gat-Teentaal(速い16Beat) Raga Rageshree(夕方) 7matraから始まります。
固定された旋律パターンを繰り返していく様をご理解頂けると思います。
Act 3 : Tihai
ティハイです。これもインド古典音楽の目玉です(注:歌にはティハイの概念はありません。これは詞で表現する事が不可能な楽器のみの技です)。Act2にてガットはソロを交互に演奏していく、という事は説明致しました。そして旋律楽器のソロはTan(ターン)、短いターンはTora(トラはヒンディ語で「ちょっと」という意味、そのまんまですね)と言います。打楽器がソロを演奏中に旋律楽器が伴奏するパターンは事前に作成している事が殆どですが、ターン(トラ)は完全に手癖(しつこい)即興です。演奏中に自己世界をリアルタイムに音にして表現していきます(本当かな?)。
もちろん打楽器のソロもそうなんですが、ただソロを奏でて(叩いて)いるだけでは、いつ終わるのか、相手側にも観客にも本人にもわからないですよね。そこでソロを構成していく要素として最後にティハイが登場します。ティハイによってそのソロが完結する訳です。
ティハイとはドラムで言うフィルインに該当する、と言えば分かりやすいかもしれませんが、定められたルールがあります。それは同じフレーズを3回繰り返して、最後にサム(つまり1matra)で終わる、という事です。
つまり1matra目から逆算してその位置からティハイを決めます。同じフレーズを3回、というのがミソで、これがビシッと決まるとあまりの気持ち良さで、ある意味癖になります。やはり気持ち良い事は人間癖になりますね(黙れ)。
ティハイが決まるとそのソロが完結です。旋律楽器のターンだとソロフレーズ+ティハイを何度か弾く事が多いですし、打楽器だと割と派手なティハイを決めたりします。
そしてティハイのスペシャルバージョンとも言うべきものをChakardar(チャッカルダール)と言います。これはティハイを3回繰り返して1拍子目に帰ります。ティハイが1フレーズを3回繰り返してますので3×3フレーズで合計9回も繰り返します。決まれば相当かっこいいです。
後、ティハイをサムでなく固定メロディ(Sthai)の頭に持って行き、続けてSthaiの頭から演奏を続ける技術もあります。ムクラと言いますが、これもかっこいいですね。最近私は好んで良くやります。
余談ですが(出た)インド古典音楽でティハイ等が決まったり感嘆する演奏があると、「んんー」とか囁きつつ頭を左右に振ります。初めは見てても違和感ありましたが、何故かいつの間にか自分もそうなりました。皆様もインド古典音楽を聴いて、ごく自然にこのリアクションが出れば、立派なインド音楽マニアリスナーだと思います。
やはりティハイも色々バリエーションがあります。この辺りは流派にもよりますが演奏者のリズムセンスが問われると思います。ティハイをわざと演奏しなかったり、ティハイをわざとサムで終了せずに旋律の開始部分で終わらせたり(前述したムクラ)、同じリズムであっても旋律にバリエーションを持たせたり、逆に同じ旋律であってもリズムにバリエーションを持たせたり、決めると見せかけて決めずにじらしたり、失敗して決まらなかったり色々ですね。
ティハイがどういうものか、実際に聴いてみて下さい。全てシタール・ソロです。
1.Villambit Gat-Teentaal(遅い16Beat) Raga Malkauns(深夜) 普通のティハイ
2.Madhyalaya Gat-Jhaptaal(普通の10Beat) Raga Madhuvanti(午後) 普通のティハイ
3.Drut Gat-Teentaal(速い16Beat) Raga Rageshree(夕方) 旋律の開始部分へのティハイ(ムクラ)
4.Drut Gat-Teentaal(速い16Beat) Raga Rageshree(夕方) チャッカルダール
Act 4 : Jhala
ジャラです。インド古典音楽のガットでトリの部分を占めるパートになります。大体Teentaalで演奏しますが、JhaptaalやEktaalで演奏する場合もあります。
構成としては、Drutからそのまま移行します。だんだん加速していき、演奏者の限界まで加速すると大々的にティハイを行って終了します。1番盛り上がるパートと言っても差し支えないでしょう。結構自由なパートで演奏者それぞれが色々な技を披露しますね。
最後の方は超人的な速度ですが、はっきり言って演奏側は非常にしんどいです。もうこうなったらスポーツです。何となくドゥルットを聴いていて、ソロの遣り合いから一転して加速していったらジャラに入ったと判断できますが、明確に区切らずにいつの間にか展開でジャラに入っている感じです。
インド古典音楽というのは、この「加速」が1つのポイントで、どのタールを演奏していても定期的に少しずつ加速します。テンションがじわりじわりと上がっていくんですね。走りすぎて弾けないなんて事もたまに見受けますが。
Act 5 : 流派
旋律の流派の事をガラナと言い、リズムの流派の事をバージと言います(最近はバージもガラナと言うのが一般的ですが)。まぁ人が多数集まれば派閥が自然と出来るもので、インド古典音楽もインド亜大陸の広大な面積と人口数を考えれば、流派が出来るのは自然な流れだと思います。
余談ですが、ガラナの持つ本来の意味はHouseです。そのまま訳すと「家」ですが、それより「家元」とでも理解した方が良さそうです。
まずガラナの概念はボーカルを基準に成り立っております。古典音楽ではカヤールとドゥルパド。近年は両者に融合されている感が強いタラナ。他にも聖地ヴァラナシ発のフォーク流派であるトゥムリ、タッパ、ダマール、ホーリー、カジャリ、チャイティ、とかあるんですが、細かい事は私もよくわかりません。
南インドのカルナータカ音楽にもバーニと呼ばれる流派はありますが、それもまたの機会にって事で(また逃げる)。
そして各楽器はこの歌のガラナをベースにやはりそれぞれのガラナを持っております。私はシタール演奏家なのでシタールのガラナしか知りませんが(シタールのガラナについてはシタール究極豆知識の項で紹介しております)、例えばサントゥール等ではガラナは無いと知り合いの演奏家は仰ってました。
演奏するラーガやタールは好きなものを選択している様に見えますが、厳密に言うと実は流派によってある程度定義されています。どの流派が何を演奏するか、演奏する人は自分は何の流派なのか、というのは知っておいて損はないと思います。
バージに関しては楽器紹介のタブラ欄で触れている通りです(手抜き)。
あまり詳しくないのですが、流派毎のおおまかな特長を以下に記しておきます。
Khayal
現在最も一般的で、北インド古典音楽の中で最も重要な声楽の様式ですので、形式としては代名詞的存在のガラナでしょう。途中でタールも変えたりします。Durpadの重々しい様式に比べ、より想像力に富み華やかなものになっています。Khayalの意味は「空想的な思いつき」。 ペルシャ語から派生したものであろうと言われています。
Durpad
重々しい雄大な旋律展開が基本でChautaal/Tivara/Jhaptaal等を主に演奏します。特にタールを途中で変えたりする事も無い様です。瞑想等精神世界をより重視したスタイルなので、このガラナの人はヨガを追求するヨギである人もまた多いと聞きます。
Tarana
これも一般的ですが説明が非常に難しいです。インド音階そのものを直接言葉で謳い上げる形式です。SaReGaSaReGaなどと謳うスタイルです。これをBolと言いますが、徹底的に音の動きを表現した唱法で、早口なのが基本です。現在上記ガラナに併合されている感があります。このTaranaを歌いこなせるかどうかは北インド声楽家の重要な課題となります。
Thumri
ちょっと恥ずかしいですが、非常にロマンティックな(あくまでインド的に)のが特徴と言えるでしょう。詩と旋律が重要ですね。フォークソング用ガラナです。
Tappa
イスラム教徒の歌とされており、パンジャーブ語作品が多いことからは、パンジャーブ地方発祥のように思われます。速いサイクルのタールが特徴らしいです。
Hori
ホーリ祭の時に歌われる様式。
Chaiti
フォークソング用ガラナ。詳細は不明です。
Kajari
フォークソング用ガラナ。詳細は不明です。
最後に
これでインド音楽理論の基本解説は終わりです。間違っている所があれば指摘して頂ければ幸いです。
インド音楽理論「旋律編」「リズム編」「演奏編」とに分けて解説してきましたが、全て読破された方はお疲れ様でした。そしてありがとうございました。
果たしてうまく解説できているかどうかが不安ですね。私は所詮理解している立場なので、全く知識の無い状態でこの解説を読破して理解できるのかが客観的に判断できません。メール等で感想等投稿して頂ければ参考になりますのでご協力をお願い致します。
インド古典音楽について詳しく解説していくとかなり分厚い本になってしまいますから、このサイトでは自分なりに要点だけ抑えて解説してみました。
しかしこうして作成するとかなり膨大な量になってしまいました・・・しかし音楽というものはあまり頭で考えて聴くものではないと思います。聴き方なんて人それぞれでしょうが、素直に感じる音を楽しめればいいと思います。じゃあ何でこんなにたくさんの理論をかいているんでしょうね・・・。
それは私が皆様にいつかこの考え方を自然に身に付けて頂ければ・・・難しく考える事無くインド音楽の本当の楽しさが味わえる様になってもらえれば・・・と思っているからですね。現在私は演奏するが故にかもしれませんが、インド古典音楽理論を意識せずに楽しめる所まで到達出来ました。私が出来るくらいだから決して難しくないと思います(謙遜ではなく本当にそう思うのです)。
世の中には素晴らしい音楽がたくさんあり、読者の皆様もそれぞれ好きな音楽があると思います。皆様にとってインド古典音楽もその1つになれば、と思います。
0 件のコメント:
コメントを投稿